メンバー紹介

管理人独自の視点で各メンバーをご紹介します。(2018年1月現在)

 氏名・用具  こんな人です
田中孝一
左・ペン・裏
 当クラブの創設者の一人(会長扱い)。ビジネスの第一線から退いた最近は、埼玉県卓球協会の役員として奮闘中。またTTC浦和のオーナーとして、その運営に知恵を絞る。
 関根 昇
右・ペン・裏
 40歳過ぎてから本格的に卓球に取り組み、身軽な身体を取り戻した。強い手首を生かした意外性のあるスマッシュが得意。転居して練習に参加できず休会中。
太田守彦
右・シェイク・裏裏
 元エース。練習前にラバーを水で洗う習慣は止めたものの、踏み込む時の足音の大きさは相変わらず。最近は活躍場所をラージに移し、硬式はお休み中。
佐竹敏夫
右・中ペン・表
 温厚な人柄でクラブのバランサーとして不可欠な存在。鉄壁のブロック、左右にこねくるツッツキを武器とし、相手を転がすのが得意。業務多忙?でここのところお休み中。
平手幹夫
右・シェイク・裏裏
  当クラブでの実活動歴では最古参。理想の打球面を求めて、毎週グリップの細工に精を出す。「浦和公認」(本人談)のぶっつけサーブを操るが、実は上級審判員でもあるのが不思議。最近はラージのみとか。
湯瀬洋悦
右・ペン・裏
  いまだに秋田訛りが抜けきらず、「マッチポイント」が「まっつぽいんと」になってしまう。最近はバックハンドに磨きをかけ、チャンスボールを多数作るが、スマッシュの確率が今一つ・・・。最近はラージのみ。
中本英則
左・ペン・表
  「51%理論」信奉者でとにかく打ちまくり、大物食いすること多し。ダブルスのレシーブはサウスポーの基本(昭和の話)とばかりにネットぎりぎりに立つが、お腹がネットに触りそうでハラハラさせられる。
岸田明理
右・シェイク・裏裏
  ここ数年、失われた時を取り戻すかのごとく卓球に打ち込み、その効果が最近顕著に表れ、50代の部で徐々に結果を出しつつある。昨年は単身赴任先でついにマスターズ代表権をゲット!
小神野浩正
右・ペン・裏 
  カット打ちが大好きな豪腕ドライブマン。ただスタミナ不足で3試合でカラータイマーが点滅する。最近は仕事と家庭サービスに忙しく、お疲れ気味。
広川和義
右・シェイク・裏アンチ
 当HPの管理人。最近は腰痛・膝痛に悩まされ往年の輝き(そんなものあったか?)無し・・・。ちょっと痩せたので少しは動けるようになるか?
小高弘晶
右・シェイク・裏表
  現在の当クラブ代表。ナックルサーブ&ショートを主戦武器とする「穴熊」戦法が得意だが、耐えたあとのチャンスボールを「あー」とふかし「参った」とこぼすことが多い・・・。
峯村雅紀
右・ペン・裏
 前当クラブ代表。最近は少年サッカーの指導に忙しいらしく、目下休会中。

堀口 猛

右・シェイク・裏裏

 ブランクを埋めるべく練習と試合に忙しい。がんがん攻めているのだが、気がつくと終いにはロビングを上げてしまっているのが不思議。
矢作 優
左・ペン・裏
  遅い球をうまく操り、地味ながらも良い所で確実に勝つタイプ。今年も50代チームのエースとしての活躍を期待。
高比良直樹
右・ペン・表
  本人は前陣速攻と言い張るが、誰が見ても「サーブ&ショートマン」。それでも過去全日本マスターズ30代埼玉代表になるなど、実績は十分。業務多忙で最近はご無沙汰。
名倉幸夫
右・ペン・裏
  祭りの時期にははっぴの帯にMyバチを差してあちらこちらに飛び回っている。入会審査役は高橋一に譲ったものの、いまだに影の「壁」としての存在感は大きい。

高橋重利

右・ペン・裏

 バックサーブからの三球目ドライブをクロスに放つ、という昭和のペンドラ王道を歩み続け今に至る。ただ今の時代、その王道が細くて険しい道なのが大変・・。
佐藤俊武
右・シェイク・裏裏
  歯科医院開業のため都内に転居後も多忙な仕事と距離をものともせず、冷房の効いた環境を求めてTTC浦和に通う。技術論と業界情報に詳しく、時たま業界丸秘情報を暴露することも。

富岡勇人

右・シェイク・裏裏

 笑顔と丁寧な人当り同様、卓球も球を走らせること無く、相手は「知らぬ間に負けた」とダメージを感じない。松浦とのダブルスは「球を走らせない」コンビとして地味に強い。
加藤勝也
右・中ペン・表裏
 独特の手首使いのショートで相手の打球を自在にコントロールする。酒は飲まずともカラオケに没頭でき、十八番のWinkネタで場を盛り上げる。学生時代は関東2部リーグで活躍し、全日本選手権出場経験有り。
松浦真吾
右・ペン・表
 高校時代は山口県の名門校で活躍。03年末に故郷に転勤となったものの、15年夏から再びさいたま市民となり復帰。
後藤健一
右・中ペン・裏
  190センチ近い長身を利して?繰り出すループドライブが得点源。ランニングで鍛えたフットワークを生かしてオールフォアで動き回るが、結構それが隣の台のプレーヤーの邪魔だったりする。

嘉戸 潤

右・シェイク・裏粒高

 15年夏にさいたま市への転居で加入。名門高校・大学で鍛えたカットは守って良し打って良しだが、なぜか埼玉県では勝ち星に恵まれない。

大澤玄瑞

右・ペン・裏

 涼しげな笑顔を絶やさないその雰囲気とは違って、「会話しない」その卓球スタイルは、ワンツースリーで球を引っ叩き、相手を呆然とさせたり、ベンチをがっかりさせたり・・。

佐藤宏明

右・ペン・表

 入る時は何でも入り、入らなくなると大変という典型的なペン表速攻。でも、肝心な時はちゃんと入るのが強み。
菊池省二
右・シェイク・裏裏
 普段は寡黙ながらも微笑を絶やさないが、台に入ると強打の際に「うっ」と声を上げて抜きに掛かる。球の引っぱたき合いになると無類の強さを発揮するところが不思議。

嶋崎俊行

左・シェイク・裏裏

 仕事が多忙で練習不足気味だが、それでも意外に切れの良い球を打つ。サーブ&ひっぱたき攻撃が爆発する時もあれば、カットに万歳状態の時もあり、試合から目が離せない。
川井清次
左・ペン・裏
 フットワークの弱さを補うバックハンドが好調で、多少の練習不足状態でもなんとか試合を作る。今年はもう少し練習してマスターズで旋風を巻き起こすことを期待。

岩崎 隆

右・ペン・裏粒高

 コート全面をショートでカバーするという独自のスタイルで、クラブ内よりも対外試合で力を発揮する。ユニークなキャラクターを持ち、最近は反省会の主役を名倉から奪っている。
嶋崎貴之
右・シェイク・裏裏
 高校時代はインターハイの団体メンバーに名を連ね、今年も一層の飛躍が期待される若手(とはいえ今年はサーティ)。兄同様2児のパパになって、仕事と家庭にますます責任が重い毎日。
新妻久志
右・シェイク・裏表
 メタボとマッチョの境目のような身体で、サーブ&ありえない系バックハンドで大物を食うこともあれば、競ったところで身体に似合わぬ弱気の虫を見せて自滅することも。
大石友哉
右・シェイク・裏表
 おじさん達のからかいに、「マジっすかぁ」とまじめに反応するところが可愛いかった友哉君だが、見事に当クラブのエースに成長し社会人選手権代表常連に。 
黒田知治
右・シェイク・裏裏
 大石とは高校時代からダブルスを組み、堅実にペアを支える。今年はもう少し練習してもうひと暴れすることを期待。

高橋一平

右・ペン・裏裏

 オーソドックスな戦型から脱皮しようと、最近は裏面打法を強化中。当クラブ入会希望者はこの人に勝たないといつまでも仮入部扱いとなります。現在多忙で休会中。
田邊晋也
右・シェイク・裏粒
  当クラブで上級者の活きの良い球を受け続け、最近その成果が現れつつあるカットマン。活きの良くない球に対する対応がもう一ランク上に行く為の鍵か。

成田正敏

右・シェイク・裏裏

 

  一見フィジカル強そうなのに、回り込むとコケる、すぐ息が上がるのが不思議。でもプロテインは大好きで、無駄に声がデカい。

村山心之輔

右・シェイク・裏裏

 

 地元育ちの最年少。おじさん達からすると「会話のしやすい」卓球スタイルで、その分「はめられてしまう」こと多し。
OB(地方会員)   
中村 仁(福岡支部)
右・シェイク・裏裏 
 やわらかな物腰同様の優しいサーブで相手を油断させ、切れの良い3球目攻撃で打ちぬくのが得点パターン。福岡暮らしが心地よいようで、その卓球DNAは長男に受け継がれているとか。 
三谷高史(仙台支部) 
右・シェイク・裏裏
 HPを見て当クラブの存在を知り入会した第一号。研究生活の傍ら子育てと卓球にエネルギーを注ぐ。15年春に研究拠点を仙台に移し、キャリアアップを目指す。
山本浩一(愛媛支部)
右・シェイク・裏表
 高校・大学と名門を歩んだ技術は本物で、当クラブのエースに君臨していたが、07年夏に惜しまれつつ故郷の愛媛に帰郷。その帰郷も自転車で2週間かけて帰るという根性を見せた。
山崎卓也(名古屋支部)
右・シェイク・裏裏
 「巧みなサーブ」「固いブロック」「切れの良いドライブ」で安定感抜群。硬軟巧みに使い分けてAチームのやんちゃな若手をうまくまとめる兄貴分的な存在だったが、15年10月に転勤の為名古屋にお引越し。
伊藤 潤(静岡支部)
右・シェイク・裏裏 
 Aチームの主力として活躍していたが、静岡に転居。早速全日本選手権の出場権を取り、土合OBの実力を披露。 

母利大地(大阪支部)

右・シェイク・裏粒高

 15年夏に加入。周囲の評価は「サーブマン」だが、本人は正統派カットマンであると主張。実際、サーブはよく切れていて取りにくいです。17年夏に大阪に転勤。

小林祐介(大阪支部)

右・シェイク・裏粒高

 ブチ切れのデスカットと中陣からのバックハンドドライブを持ち味に、相手に落ち着いて打たせずに勝つ。17年秋に大阪に転勤。早速母利と共に「大阪支部」として活動している模様。